ホテルのサービス
昨日は年に一度の会社主催の決起集会がホテルで開催された。
会の終わりには毎回それなりのコース料理が提供される。
一流ホテルの料理が楽しめるとあって、皆が楽しみにしているイベントである。
スープが配膳されたときに、サービス係の女性に声をかけられた。
『お客様のシャツの襟元が汚れております。もしかしたら私どもが配膳の際に汚してしまった可能性があります。クリーニング致しますので、お帰りの際コンシェルジュにお声がけください。』
襟元の汚れはそれほど目立つものではなかったものの、些細なことに気づき声掛けしてくれた事に、さすが一流ホテルは違うなと感心した。
そうは言っても面倒な事が嫌いな性格なので、何も言わずに帰ろうとホテルを出ようとした。
その時、コンシェルジュらしき係員に声をかけられた。
『お客様、シャツの汚れの件、配膳係より賜っております。クリーニングさせていただきますので、お待ちいただけませんでしょうか?』
二度言ってくる本気さを遮るのが面倒になり、流されるままクリーニングする運びとなった。
案内された個室でシャツを脱ぎ汚れを確認すると、私の目からは料理の汚れ等一切なく、体から出た積年の汚れが付着している他無いように思えた。
コンシェルジュはその事に気づかないふりをし、深く謝りながらシャツをクリーニング後、お客様宅へ送付させていただきます等と説明をしていた。
ここまで来たらクリーニングしてもらうしか無いと流れに身を任せ、代わりに着て帰れる服が用意できるかを確認した。
コンシェルジュはお安い御用とばかりに、私の体のサイズに合いそうな服をいくつか持ってきた。
揃えられた服は、目に眩しいタイダイのTシャツや、ゼブラ柄のスエット等、何故か派手でカジュアルすぎるものばかりが構成されていた。
スーツ姿に合う、もう少しオーソドックスなものが無いか、ごく普通の白いシャツで良いとリクエストした。
少ししてコンシェルジュは、二着の服を用意した。
一着は猫の顔がフロント部にプリントされた白いYシャツ。もう一着はフロント部はノープリントだが、猫の顔のフードが付いた白い薄手のパーカーであった。
『最もお客様のご要望に近い物をご用意いたしました。』
コンシェルジュは用意できていない事に気づかないふりをして、神妙な面持ちで言った。
帯に短し、たすきに長しとはこの事か。
やむを得ず猫の顔がプリントされたシャツを選んだ。いやその一択しか無かった。
スーツとネクタイで隠せば、猫の顔はほぼ見えないとは言え、帰りの電車の中では誰かに気づかれないかドキドキした。
女性用の下着を着けて町を歩く男子の気分は、およそこんなのだろうかと考えたりもした。
かくして、私の部屋には今、猫顔プリントシャツがハンガーにかけられている。
改めて眺めてみると、吊り橋効果のせいか、愛着が湧いていた。
もしクリーニングされたシャツが返ってくるまで、この気持ちが続いていたならば、買い取る方向で話を進めようと、割と本気で思っている。