真由花
キャメルのスゥエードブルゾンに、薄いデニムのミニスカート、黒いロングブーツを履いた彼女を見かけた時、私は思わず2度見してしまった。
一度目は、この時代にアムラーとは。
二度目は、だが、それがいい。
バーでも行かないかと声をかけてみると、OKの返事。早速行きつけのバーに向かった。
お菓子が詰め込まれたクリアボックスが壁一面に並んだそのバーで、彼女の名前を聞いた。
『マユカ』彼女はそう答えた。
「ふーん」私は場つなぎの返事をしながら、クリアボックスを目で追った。
壁一面のお菓子達はあいうえお順に整然と並べられている。
真由花。見つけた。
紫色の個包装に包まれた、和の装いのしっとりしたクッキーであった。
クリアボックスから二つ取り出し、彼女に差し出した。
彼女は自分の名前が書かれたお菓子を見て、『うち、和菓子食べられへんねん。』と言い、クリアボックスからポテトチップスうすしおを取り出した。彼女の下顎に吹き出物ができているのを見つけた。
仕方なく私は、マユカを見つめながら、真由花をねぶり食べた。
彼女は無反応で、ポテチを無心に頬張っていた。吹き出物が大きくなっていた。
その後は当たり障りのない話をして、連絡先も聞かずに別れた。
無駄な時間を過ごした。
私の手に残ったものは、彼女が食べなかった真由花一つだけだった。
ジャケットのポケットにそれを入れ、店を出た。
外はまだ明るかった。
VAR判定
ヒュルルルル~。
寒風吹きすさむ中、わが町内会のオッサンで結成したサッカーチームは、隣町のサッカーチームと、地域ナンバーワンを決める因縁の対決を迎えていた。
両軍にらみ合い、その様子は格闘技の試合前を思わせた。
場所は寂れた市営野球場。
観客席はほぼ空である。
私はDFで、若くて歌舞伎役者の尾上某に似たエースFWをマークしていた。
ガッチガチに。スッポンのごとく。
余りの密着ぶりに彼は明らかにイライラしていた。
試合を通じて彼にはサッカーをさせていないと言えた。
ゲームは白熱の攻防を見せ、スコアレスでロスタイムに突入、誰もが試合終了を意識したその時、突如私は倒され、彼をフリーにしてしまった。
「あーッ!やばいッ!」
彼は瞬く間にゴール前に入り込み、ボールを呼び込むと、見事にゴールを奪って見せた。
そしてゲーム終了。漫画のような劇的な幕切れであった。
うなだれるわがチームのオッサンたち。
そんな中、私は審判に訴えかけた。
「ファウルだ。私は彼に倒された。暴行だ!」
審判は副審に確認するも、その状況を見ていた者はいなかった。
「VAR判定してくれ!」
手でスクエアのジェスチャーをし、必死で訴えかける私に、証拠を出せば認めると審判は伝えた。
私は、たまたまビデオ撮影していたカメラ小僧を見つけ、映像を確認させてもらった。
「映っていてくれ!」
祈る気持ちで映像を巻き戻した。
ゴールシーンからさかのぼること数十秒前、カメラの片隅に私が倒されているシーンが確かに映っていた。
スロー再生で確認すると、私は彼に後ろから押し倒された後、パンツをずらされた挙句、お尻を二度パチンパチンとはたかれていた。
明らかなファウル、明らかな暴行だ。
私は憤怒した。審判に伝えるよりも先に、彼の所へ行き、激しく怒りをぶつけた。
「何てことしてくれてんねん。この映像を見せたら、ゴールは取り消し、お前は退場やからな!」
彼はこちらの威勢におののきながらも、少しはにかみながらこう言った。
「そっちが90分間ずっとそういうプレイしてきたのに、それ言います?」
「90分間、ずっと?こっちが?」
私は我に返り、問題のシーンからさらに映像を巻き戻した。
私が彼を後ろから押し倒し、パンツをずらした挙句、お尻を二度パチンパチンとはたいているシーンが映っていた。
その数分前にも全く同様のシーンがある。
「90分間・・・ずっと?」
私は赤みがかった自分の手を数秒見つめた後、彼に握手を求めた。
VAR判定がある世の中になって本当に良かった。