天才の思考回路
その日は夕方5時に哲哉の家に集合する事になっていた。
5分前に哲哉の家のチャイムを押すと、先に来ていた俊彦が中からドアを開け顔を出した。
『いらっしゃい』自分の家のように言った俊彦の長髪をのれんのようにかき分け、「おじゃましまーす」と哲哉に聞こえるように大きな声で言った。
部屋に入ると哲哉はヘッドホンを耳に被り、熱心に音楽を聴きこんでいた。
『桜井は今日来れないらしいぜ。』俊彦が話しかけてきた。
「じゃあ今日は何するんだよ。」私は少しきれ口調で尋ねた。
『今後の路線変更について話し合うらしいよ。』俊彦は他人事のようにつぶやいた。
路線変更?音楽バンドを組んで以来、約5年テクノ系一筋でやってきた我々が何を今更?
その時、哲哉がヘッドホンを外して、私の存在を確認した。
「哲哉、路線変更ってどういう事よ?」挨拶も交わさず単刀直入に尋ねた。
『テクノ系に興味が持てなくなったんだよね。』哲哉は少し伏し目がちに言った。テクノ系だけで500曲くらい歌を作っていたのは事実で、興味が薄れていたのは私も同様だった。
「じゃあ、何に路線変更するのさ?」何のアイデアも持たず、全て哲哉に依存している自分を感じながら馬鹿みたいな声で質問をした。
『演歌。』哲哉はたった一言、そう言った。何の言い訳もせず。中学卒業後の進路を聞かれて高校と答えるような、ごく自然な流れだった。
私は言葉と流れのギャップの大きさにたじろいで、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。和風のクッキーが中指に当たったのに気づいた。
「そうか、じゃあこれ食べて。和のインスパイア。」
哲哉はそのお菓子を受け取り一瞥した後、うんと頷いた。
10分も経たない内に、哲哉は即行で演歌を1曲書き上げた。
津軽海峡冬景色とみちのく一人旅を足して2で割ったような、ゴリゴリの演歌に仕上がっていた。
『歌詞は俊彦が書いて。』哲哉は一仕事終え、放心した顔でそう言った。
『タイトルはどうするかな?』ソファに寝転んだ俊彦は誰に尋ねるでもなく、空中に言葉を放った。
すでに頭の中で描いていたのか、哲哉はまた自然な流れで答えた。
『真由花』
私は大きな赤いニキビを思い出し、少し困惑した。